思い出したこと

しごとが終わって、買い物して店の外に出たら
空気が春の匂いでいっぱいだった。
花の香り・冬とは違った種類の冷たい風…。

匂いは思い出をつれてくる。かき消していた記憶が目の前にやってくる。

何年も前、ある日の昼休み、大好きな人とお花見をした。
別々に会社を出た私たちが向かうのは同じ桜の木の下。
私が作ったお弁当と彼が買ってきてくれたヨーグルトとケーキ。
にっこりと顔を見合わせる私たちに言葉は要らなかった。
というよりも、たくさんたくさん話して大笑いもしたけれど、
すべての言葉はふたりの心の底にゆっくりと沈んでいった。
いま、話したことをいくら思い出そうとしても、
浮かんでくるのは、ほほえみあう若くて小さなふたりの姿。
ほかには何もいらなかった。彼をひとりじめしたあの時間。
「彼女のいる彼」。
よくあることだけど、あの頃の自分を思うといじらしいほどに
大好きだった。同い年の彼。

3ヶ月後、お花見をした同じ川べりで
私からさよならを言った。
すごくつらかったけど、途切れ途切れにつきあっていた5年間
もっとつらくて
苦しかったんだよ。     と泣きながら話した。
思いを断ち切ることの苦手な私が、
初めて自分から終えた恋だった。

…バスの降車ボタンの音で現実に戻る。
現在の私が動き出す。
いつもと変わらない家の中。いちばんほっとできる場所。

なつかしいな。
こんな穏やかな日々が来るなんて思えなかったあのとき。
能天気な私は、もう楽しかったことばかり思い出すよ。

なんかありがちだけどさ。彼に言ってみたい。
「元気ー?私は元気よー。今すげーしあわせよー」
ってね。イヤミや負け惜しみではなくね。