日本シリーズ終了。

ダイエーが優勝した。
とても意外だった、て訳じゃないけど、驚いた。

私の頭の中では、
阪神が優勝して大阪の街がまたも沸きあがり、
テレビなどでそれを見て、
うれしい気分をおすそわけしてもらい、
星野監督のうれしそうな姿にグッと来てしまう。
…というイメージが、あまりにも強固にできあがっていた。
希望でもなんでもなく、なんていうか、
単なる思い込みと言えばそうなんだけど。

星野監督の胴上げと、
道頓堀川へまたも飛び込む人たちと、
一丸となって狂喜する大阪の街、
…を見るはずだった2003年10月。

私は、自分の心のごく一部を、
この2003年10月に残したまま、
これからの時間をすごしてゆくことになり、
また、逆に言えば、
トレードだのドラフトだの、
早くも来季へ向けて走り出しているプロ野球界から、
置き去りにされたまま、心の中のごく一部で、
“2003年の星野監督の胴上げ”を、
待ち続けながら生きてゆくのだろう。

…文章にすると、えらくオオゲサになってしまった。

けど、何かにつけ、
心のかけらを、その時時に、
残してきたり置いてきてしまったりしながら、
人は生きてゆくのかな、
なんてことを、
ダイエーの優勝をきっかけに考えたのだった。

***今日の一曲
     六甲おろし